観劇日記

観たものの忘備録的感想

【黒い瞳】愛と祈りと勇気の物語

宙組博多座公演「黒い瞳」について。

黒い瞳」はタイトルを聞いたことがあるくらいで、映像でも観たことはなく、内容も知らない状態で観劇をしました。

初見でしみじみと思ったのは、やっぱり柴田先生の言葉は美しいなあという事でした。フレーズのひとつひとつから漂う品が好きです。中でも「先生」「大将」と言う呼び名のなんと"劇的"な事。ものすごいインパクトでした。

「この懐かしい先生と話したい」。こんな日本語思いつきますか。台本を小説として読みたい。博多座公演でもル・サンクください。

演出の美しさも印象的でした。序章での宮廷の煌びやかさと農奴達とのコントラストだとか。雪んこまどかちゃんの可愛らしくて躍動感のある登場シーンだとか。ベロゴールスクの明るく暖かな空気を感じる色づかいだとか。そしてなにより、トリオの使われ方が本当に印象的でした。登場のし方、台詞の言い方から、表現のすべてに心が奪われました。狂言回しかと思いきや、感情のメタファーとして現れたり。市民になったり、士官になったり、コサックになったり。タンバリンひとつでソリをひくなにかにもなる。そしてまた「愛」「祈り」「勇気」の象徴に戻る。心情や場面を、歌でも、ダンスでも、芝居でも表現できる究極のアンサンブル。ああいう演出が大好きなのです。映像でもない、美術でもない、生身の人にしかできない空間表現。舞台の醍醐味だと思います。

 

総じて。オーソドックスでありながらも、「私、宝塚を観ている…!」と感じる場面の多い舞台でした。演出しかり、題材しかり、キャラクターしかり。

ここのところ「新しい試み」をがんばっている作品が多かったのもあって(それはそれでやるべきチャレンジだと思っている)、なんだかこの作品の古き良き感じに少しホッとしたのでした。博多座の暖かさともマッチして、良い演目だと思いました。

 

 

以下、細かく。

 

 

【マーシャ】

「守られる」と「守る」の加減が絶妙でした。

ベロゴールスクでの彼女はとっても愛らしくて、「守りたい…」と思わせられました。ニコライと一緒に私もマーシャに恋しそうになりました。

先述もしましたが、まず登場からして最高ですよね。真っ白なコサックの衣装で、躍動感に溢れたコサックダンスを可愛らしく踊りながら出てこられた時、完全にハートを掴まれました。

マーシャは、裏表なく、ただひたむきにニコライを愛している事が一挙一動から伝わってくるようでした。

一方で最近の舞台では新鮮なくらい「普通の女の子」。特殊な能力に秀でている訳でも、大きな後ろ盾がある訳でもなく、自分でシヴァーブリンから逃げきるような芸当はできない。そんな子が、ニコライのために、はるか遠いペテルブルグへ飛んで行く。本当に命をかけて。きっと怖かっただろう不安だっただろうと思います。だからぐっとくるんだと感じます。ただ真っ直ぐな想いだけを力にして、文字通り飛んで行く。心から美しいシーンでした。

可憐で、清純で、ひたむきで、宝塚の世界でしか見る事は叶わないと私が思っている、幻想的に素敵な女の子。星風まどかちゃんの空気にとても合っていました。良いものをみせてくれて、心から感謝。

 

 

【進め、嵐の中を】

愛ちゃんのプガチョフを観られた事は人生の宝です。そう思うくらいよかった。説得力に満ちていた。とても人間臭いひとが、理想の「王様」の姿であろうとする様が、カッコよくて、切なくて、熱かった。

けれど、彼の「王様」は虚構で、どうしたって本物には程遠く私にはみえた。彼は知らない、本当の王様を。本当の軍隊を。ピョートル3世を名乗る事の野暮ったさよ。侵略地の司令官にシヴァーブリンを任命する浅はかさよ。

ニコライを「先生」と呼ぶのも、私は誰か偉いひとの真似なんじゃないかと思っています。「先生」、うん、言うよね偉いひとってやたら「先生」って言葉使うよね、わかる。私の勝手な邪推だけれど。

そして、彼が正義をぶらさない様はとても人間的で。ニコライは恩人だから見逃す。監禁されている女の子は助ける。マーシャの身元を知っても約束だから殺さない。本当に人間くさい。そして自分の正義を裏切らない。彼のそういう価値観がもっと生かされる環境だったらよかったのに。戦以外で影響力をもてたら良かったのに。そうしたら全然違う形でロシアを変えられたかもしれないのに。そう思わずにはいられない。

でも彼が地獄から脱するためにはああやって戦うしかなかったのだ、きっと。痩せた土、臭い飯。それらと別れるためには。本来の望みはただ、凍える事や飢える事なく生きたいという人間として当たり前のところにあったのではないだろうか。それが脅かされていたのなら。労働を強制され、自由を奪われ、寒さに震えてごはんが無くて。尊厳もきっと無くて。

そんなのもう、自分が支配する側になるしかないじゃないか。勝てるとか勝てないとかじゃないんだ。今もどうせ地獄なのだから。動かねば死ぬのだから。「無理だ」と言われようと戻れる訳もなく。それしかないんだ。進め、嵐の中を。

きっとプガチョフについては全然違う見え方をしているひともいると思います。私には虚構に見えたものを、心からのリーダー性と捉えるひともいると思う。全然別の意見もあるかも。だけど、どんな見え方でも、彼が「勇気」の人である事は変わらないと思う。

彼を「極悪人」でも、あるいは「救世主」でもなく、「勇気」の人としているこの話が好きです。

そしてそれを素晴らしい説得力で表現してくれた愛ちゃんに心からの拍手を。

 

 

【ニコライの最強呪文】

強そうな見た目なのにお坊ちゃんのニコライ。たまらなかったです。ゆりかちゃんの持ち味とは反対のお役どころ?とあらすじを読んだ時点ではちょっと思ったのですが本当にごめんなさいしっかり純愛派で正しくお坊ちゃんですんごい良かったです。曇りなく自分を貫く感じ、ときめきました。ニコライの恋の歌、ベロゴールスクのひとたちに絶対盗み聞きされてニヤニヤされているでしょ。愛されキャラのニコライが好きです。

そんなニコライの最強呪文、「そんなの関係ねえ」

浮浪者?関係ねえ恩人だ。外套どうぞ。

コサック?関係ねえ好きだ。

プガチョフとマーシャは、ニコライが(恐らく無意識に)救ったふたり。ニコライに最もときめくのはここです。ふたりの人に決して小さくない光をみせた。当たり前に。

民族の差って、なんなんでしょうね。宝塚では度々登場するトピックですが。マーシャがコサックである事は見ためや言動ではわからないのに、言われなければ気づくことすらできない事に、なぜひとはこだわるのか。…というような事をグルグル考えたところで、ニコライが「そうだそんなの関係ねえ」してくれるので私の思考も救われます。そしてきっと劇中にも彼に気持ちを救ってもらったひとは他にもいるのだろうなと思いました。マクシームィチとか。

 


【こまごまと】
*トリオ

本当に最高です。勝確なのはわかっていたけれど予想を上回る素晴らしさでした。トリオの影響が大変強い作品だと思うのですが、お三方とも圧巻の表現力でした。特に印象深いシーンがふたつ。ひとつは、ソリのシャンシャンからの熱のある振り。とてもセンシティブだった。もうひとつは、マーシャがペテルブルグへ急ぐ場面の心揺さぶられるダンス。マーシャを含めて4人で同じ振りを踊るところは特にぐっときました。はじめの方、宿屋でお椅子をクルクル持って入ってきて何事もなかったかのように客の演技に入るのも好きだったな…。フラついたりとか…しないんすね…。

 

*シヴァーブリン

最初からわかりやすいワルモノ。そしてお話が進むにつれどんどん残念になっていく。寝返る。監禁する。脅す。保身に走る。なのに顔は都会的イケメン。正しい当て馬の残念イケメン。ぜんぶ褒めています。いやシヴァーブリンさんは中の人がずんちゃんで良かったね。あの都会的なお顔とシュッとした役作りをしてくれていなかったらほんとただの小物で終わっちゃうところだよ。そうはさせずちゃんとイケメンに仕上げる桜木さんがすごいという話。

 

*サヴェーリィチとパラーシカ

コミカルなデュエットがとっても可愛かったです!可愛いながらもクオリティがすごかったです。ふたりとも動きのキレがすごい。そして中毒性もある。元気がないときに流したい。

サヴェーリィチは貴族の仕え人としてとても正しくて、命の恩人だろうと身分が下の人間は見下す。それが、ニコライの命乞いでプガチョフを陛下と呼ぶのだから、なんだかあのシーンは彼の代わりに屈辱を感じてしまうようなシンパシーを覚えます。あのプライドがエベレストみたいなおじいちゃんが。ぐう。

パラーシカはまさに「おっかねえんだが気の良い女」でした。マクシームィチが裏切っても繋がっているくらいには好きだったんだろうし、きっと彼の事情を受け止められる度量が彼女にはあったんだろうな。ふたりは幸せになって欲しかった。

 

*ベロゴールスク

ミロノフ大尉も、イヴァン中尉も、セルゲイエフ中尉も、ヴァシリーサさんも、ポカポカとあたたかくて、優しいベロゴールスクの雰囲気が好きでした。だから陥落からの処刑と自殺が初見はめちゃめちゃキツかったです。中尉が大尉の奥さんの編み物をお手伝いするような平和な場所だったのに。

「我らは国境警備隊」の歌も、なんとものんびりさんで田舎みがあって好きです。おてんとさーまがかーおだせーば(うろ覚え)

 

*ズーリン

低い声、シャープな動きに目を奪われました。一挙一動、セリフのひとつひとつに、しっかりと軍人らしさがありました。戦場での機敏性。ニコライやマーシャを気にかける包容力。まりなちゃんの演技に惹きつけられました。

 

 

【そして澄輝さん】
ベロボロードフは気持ちがいいくらいシンプルに「悪役」。

もしかしたら彼の「正義」ってやつがあるのかもしれない。農奴制から逃げ出した経緯や、深い心の傷なんかもあるのかもしれない。

でもそんなものに意識がいかないくらいカジュアルに裏切るし、あげくに、敵を普通に信じて殺されちゃうので…。たぶん、もう、本質から【浅はか】なんだと思いました。あなたなんのために戦っていたのよ、、、て。

私的には役者がベロボロードフに抱かせる印象としてこれは大正解だと思うのですが。どうでしょう。

彼は信念とかたぶんない。悪いことを悪いとも思っていない。だからといって狂っている訳でもなく。ただ思慮が足りない。浅いひと。だから本当は「悪役」にすらなれない。思想とかないから。そういうひと。

ホント中の人と結びつかない単語ばっかりですね!(笑)澄輝さんから本来滲み出るクレバーさやロイヤルさが全くない。すごい。改めて澄輝さんの役作りに恐れおののいたお役でした…。

あとあのがなり声がデフォルトなのがたまらなかったです。どこから出ているのあれ。スカステのお稽古場映像よりさらにガラの悪い声になられていました。「吊るせぇ!!」。吊るされたい。

からの、"雪のコサック"。あんな、ヒゲ生やして荒れくれていた粗暴者が、最後の最後、「ザ・雪の精です❄️」みたいなハイパー美しくてイノセントな顔して出てこられたので、ギャップで混乱しました。幕が降りてもしばらく「???」(^o^)とアホな顔をしていた記憶があります。なんなの??変幻自在なの??

 

【結びに】

本当に、宝塚的で美しい言葉に満ちた夢々しい世界でした。慌ただしい遠征ではその世界観を正直味わいきれなくて、無念に思います。あと数回、落ち着いて観たかったです。移動疲れしていないクリアなアタマでしっかり言葉を聞きたかったなあ。早く映像でないかな。

 

映像がでるまでは…柴田先生の美しい言葉とは反対に、私は俗にまみれているので、粗暴者ベロボロードフさんの残念エピソードを妄想しながら生きようと思います。

絶対、女性にモテなかったでしょ←